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住宅最前線 こだわリポート

業界紙出身のベテラン記者・牧田司氏の独自取材記事。街づくり、団地再生、震災復興などがテーマ。愛情あふれた辛口コメントに注目です。本コーナーの記事内容に対するお問い合わせは「RBAタイムズWeb版」までお願いします。

「中古住宅市場は未成熟」と言われて悔しくないか 関係者は反撃を

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 業界紙「週刊住宅」12月12日号に「中古住宅市場は未成熟?」という見出しのコラム記事が掲載されていた。不動産コンサルタント・畑中学氏の連載記事で、見出しには「?」マークがついているように、畑中氏はそうではないと仰っている。それでも正面切って「?」を突きつけられると、改めて考えざるを得ない。それだけこの記事はインパクトがあった。


 以下は、中古住宅市場に疎い、門外漢の記者の的外れの指摘かもしれないが、だからこそ見えてくる市場の問題点・課題について率直に書いた。


 いったい誰が「中古住宅市場は未成熟」と言っているのか。すぐわかった。


 「日本の中古住宅流通やリフォーム市場は欧米に比べて未成熟であり、住宅流通に占める中古の割合は13.5%、住宅投資に占めるリフォームの割合は27.2%にすぎない」(住宅の長寿命化に向けた研究の取り組み)のように、あらゆる中古住宅市場データにこのような文言が見つかる。流通量が少ない=未成熟という意味で使われている。


 「未成熟」は「未熟」「稚拙」を連想させる。記者の取材フィールドは新築市場だが、仮に「新築市場は未成熟」などとレッテルを貼られたら黙っていられない。“玉石混交”くらいは許せるし、記者もそう思っているが、そんなことを言われたら徹底抗戦する。


 なのに、畑中氏は別として、この「未成熟」に異論を唱える中古市場関係者は意外と少ないようだ。全国10万会員を擁する全宅連は「未成熟」と言われてなんとも思わないのか。


 流通量が少ない=未成熟という短絡的な決めつけは、一方では、建築後20年で建物の価値がほぼゼロになる「新築」の粗製乱造市場を「成熟市場」とみなすことにつながらないか。中古の未成熟だけを問題視し、新築の問題に目をつぶるのは山を見て森を見ないのと一緒だ。


 では、本当に中古住宅市場は未成熟なのか。記者は全くその逆だと思う。


 少なくとも「不動産業」が業として成立したのは100年以上も前だ。「周旋屋」時代を含めれば江戸時代にさかのぼるはずだ。当初は新築販売、中古仲介、貸家・貸間あっせんなどに区分する認識はなく、不動産に関するすべてを業として扱うのが不動産屋だったはずだ。


 記者は座学者でないからわからないが、この不動産屋が扱う商品によってデベロッパー、仲介業者、賃貸管理業者などに分化されたのは、消費者側からの要請というより商品供給サイドの都合によるものではないか。


 その流れを作ったのは間違いなく高度成長期の大量供給・大量消費だ。絶対的な住宅不足を解消するため、日本住宅公社は郊外に大量の賃貸マンションを建設し、大小のデベロッパーが入り乱れてマンションや建売住宅を供給した。


 悲劇的だったのは、海外から“ウサギ小屋”とやゆされたように質が二の次にされたことだ。土地神話が「新築」偏重を加速させた。


 質に耐えないものは取り壊され、また装いを新たにして「新築」が供給されてきた。住宅市場の歴史はその繰り返しではないか。この構図を確固たるものにしたのはデベロッパーそのものだ。その過程で「中古」は「新築」より劣るとイメージづけされてきたのではないか。


 この構図を補強したのが、「新築のほうが気持ちいい」「中古は問題が多そう」「中古は心理的に抵抗感がある」などのアンケート調査だ。


 記者は、そもそもこの種の二者択一的な設問の仕方に賛成しかねる。高額で人生を左右しかねない商品選択の問題なのに、「好き」とか「嫌い」とかで選択を迫るのはあまりにも乱暴だ。どのような階層の人がどのような立場で答えるかが問題で、足してその数で割って数値化したところで問題をえぐり出したことにはならない。


 不思議なのは、「気持ちがいい」とか「心理的に抵抗感がある」という答えをどうして深く掘り下げないのかということだ。「新築のほうが気持ちいい」という言葉は、果たして「中古は気持ちが悪い」につながるのか。入退去が頻繁に繰り返される「賃貸」はどうなるのか。「気持ちが悪くなる」ものをつくり続けているのではないか。


 いま、国土交通省と一部の業界ではイメージが悪い「中古住宅」の呼称を変更しようとする動きがある。この問題について、あれほど宅建取引主任者の呼称変更に多くのエネルギーを注いだのに、メディアは冷ややかで等閑視している。


 記者はとことん論議すべきだと思う。なぜ中古はイメージが悪いのか、消費者の深層心理に深く踏み込んで解明し、打開策を探るべきだと思っている。


 卑近な例で申し訳ないが、「新築」「中古」の対比は、男社会からみた「処女」「非処女」の考えと通底すると見ている。いずれも強い立場の側が勝手につくり出した構図ではないか。先にも書いたように、新築住宅を売るために、何の根拠もないのに「中古」=「非処女」と同じようにデベロッパーがシナリオ、幻想を描いたのではないか。その幻想を消費者はずっと刷り込まれてきた。


 この呼称問題について、三井不動産リアルティ会長・竹井英久氏らが「新築があるから中古になる。新築の呼称をやめ、中古住宅の中古を取ればいい」と語った。これは正鵠(せいこく)を射る。そうなれば、新築も中古も分譲も賃貸も同じような選択肢になる――これこそが望ましい社会ではないか。


 「新築重視の住宅政策からストック重視の住宅政策への転換」は、これまでのわが国の住宅政策をきちんと総括しないと、「新築」のツケを消費者と仲介業者に払わせることにならないかと危惧する。


 いまこそ、中古(または既存=キゾン)住宅市場関係者は総反撃を開始すべきだ。


◇     ◆     ◇


 以上、取り留めなく書き連ねてきた。記者のこの考えを補強したのか、逆に誤っていることを指摘したのかよくわからないが、不動産流通業界通の記者が「まともな仕事をしている仲介営業マンは、新築営業マンよりもレベルははるかに上です。なぜなら、新築営業マンは『そのマンションを売る』のが仕事ですが、仲介営業マンは一人ひとりのお客さんの事情に合わせ、市場にある数多の物件から、ふさわしいものを選び出す。しかも、それらは一物一価で程度もまちまち、売り主もまちまちです。そこを調整し、瑕疵(かし)を調べあげ、説明し、納得して買っていただくわけですから。中古市場が国の思惑通りに拡大してこないのは、何も中古流通市場の仕組みが前近代的なわけではなく、日本人の行き過ぎた『新築至上主義』にある」と語った。


 なるほど。しかし、この「新築至上主義」こそくせ者で、前述したようにこれは日本人の文化でもない。極めて意図的に仕組まれた社会的所産だと思う。鶴田浩二さんの「古い奴ほど新しいものを欲しがるもんでございます」の「もの」は、決して建物や女性など具体的な「物」「者」を指しているのではない。考え方、道理を指すのだ。


[2016/12/16 提供:RBAタイムズWeb版]

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RBAタイムズ 牧田司

第三企画(東京・新宿)が発行する住宅・不動産業界情報紙「RBAタイムズ」編集長。記事の大半を自身で取材・執筆している。月1~2回の紙面発行に加え、「RBAタイムズWeb版」で随時ニュースを配信中。紙面は住宅・不動産業界の親睦と発展を目的に業界関係者に無料配布しているが、広告を一切掲載せず、(第三企画も含めた)特定企業の利害にとらわれない編集方針をとっている。


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