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都市住宅と私の冒険 狭小住宅イズム  
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都心の小さな土地に家を建てて住む、「狭小住宅」が静かなブームになっている。建築家の黒崎敏は30代半ばにして、熱いスピリットと優れたアイデアで、この分野のトップランナーに躍り出た。これは、建築家と建て主が理想の都市住宅づくりを目指す「クリエーティブな冒険」の物語だ。

 
文/黒崎敏 狭小住宅論 一般建築論

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「SEVEN」
7坪の家の中に都市を抱えて暮らす


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処女作

 1976年の大阪に、突如として現れた建築家・安藤忠雄の実質的処女作「住吉の長屋」は、小住宅の傑作として、その後の住宅史に多大な影響を与えました。

 その「狭小住宅」が、首都圏を中心に再燃しはじめたのが2000年。5年が経過した現在も、その勢いは止まるどころか、新たなスタンダードを生み出しながら進化しています。

 振り返れば、私が独立し、設計事務所を始めたのも、ちょうど2000年のことでした。

 建築家の運命を左右するといわれる処女作が、「住吉の長屋」と同様、都市の小住宅であったのは、時代の宿命と言わざるをえません。

 当時は「小さい建築なので丁寧につくれるぞ」と期待で胸が膨らみました。その思いは、薄れるどころか、今でも建築と対峙(たいじ)するときの姿勢となり、私の中で生き続けています。

 私と狭小住宅との縁は、想像以上に根深かったようで、処女作以降も、いくつかの狭小住宅を手掛ける機会に恵まれました。

 このコラムでは、これまで私が手掛けてきた狭小住宅の実例をいくつか紹介しながら、その魅力についてお伝えできればと思います。

 時はブームが再燃する少し前の1999年。私にとっての最初の建て主は、ビル賃貸事業を営む両親の会社で働く、当時まだ20代の独身女性でした。

 もともとは車1台分の駐車場であった敷地の大きさは、なんと「9坪」。当初は両親の事務所ビルとして計画する予定でしたが、9坪ではどうしても事務所の機能を満たせません。そこで、やむを得ず自宅の計画へとシフトしたわけです。

 超都心エリア、密集地、20代女性、一人暮らし、2間間口、4間奥行、敷地9坪、建坪7坪、5階建て…。1間は1.8メートル、1坪は3.3平方メートルです。「これで建物が建ちますか」という建て主の質問に対し、とにかく建築をつくりたかった私は、厳しい与条件にも臆することなく、気がつけば「全く問題ありません」と即答していました。

 こうして、都市を舞台とした、私の処女作への挑戦が、静かにスタートしたわけです。
コンクリート打ち放しによるスクエアなフォルム。窓面に設けられた木製ルーバーがプライバシーを保護している

吹き抜けに面した2階ダイニング。室内にはサッシやトップライトを通して十分な光が降り注ぐ

天板や鏡板などをすべてタモの無垢材でそろえたオーダーキッチン。素材は燻煙(くんえん)乾燥を施してあるため、水回りでも使用が可能

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