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街の至るところで、ひっそりとたたずむ、とりすました都市住宅のファサードは、実に可愛らしく、けなげです。
一見、閉鎖的なフォルムの都市住宅は、近年、弱々しくなった人間を包み隠すかのように、過保護な空間を数多くつくり出してきたのかもしれません。
一方で、もはや都市空間には、プライべートとパブリックの明確な区別はありません。
内部と外部の区別もなく、ミルフィーユのように連続したひとつながりの構成がなされています。
一晩中、蛍光灯が消えることのない都市では、昼夜の明快な区別もありません。
時間にとらわれることがなくなり、生活と仕事の区別があいまいになり、客と主(あるじ)の関係も薄れ、家族の意義も多様化してきました。
あらゆる部分で「表」と「裏」が一体となり、始まりと終わりが延々と繰り返される状況の中で、インターネットなどの影響により、自分の外部であるべき都市自体が一転、内部化されるようになりました。どんな人も、都市とのかかわり方には、わずかながら迷いを抱いているのは確かです。
都市住宅に暮らすということは、これらの大きな時代の流れに一度ピリオドを打ち、自分の秩序やアイデンティティーを改めて植え付け直すことにより、さまよえる都市と自己の間に境界を設定し、社会との折り合いを付けていく行為そのものなのかもしれません。
ハイスピードで時間の流れていく都市の中で丁寧に生活するということは、生活者すべての願いであり、健全な肉体や精神を形成していくトレーニング、いわば呼吸法のようなものです。
都市を“まとう”にふさわしい、強じんな身体をつくり上げるべく、建築家もまた、真正面から空間に向き合い、社会や環境のはざまで豊かな空間をつくり出していくことに全力を捧げながら、終わることのない深い呼吸を、毎日淡々と繰り返さなければなりません。
都市住宅に暮らす人々やそれを生み出す建築家たちは真の意味で、都市生活や社会に使命感を持って向き合う、プロフェッショナリズムにあふれた「アスリート」なのです。
そこには「都市」というフィールドにどっぷりと浸りながらも、プレーヤーとしての一生を全うしたいと強く願う「生きる力」がみなぎっているように感じます。
その力が建築に乗り移ったとき、都市住宅は小さいながらも宝石のような輝きを放つのかもしれません。
16回にわたりお送りしました「私の都市住宅の冒険」は、今回をもって一段落することになりました。
つたない文章に最後までお付き合いいただき、本当に感謝を申し上げます。
連載はひとまず終わりになりますが、自分自身の人生を「都市」という舞台に賭け、思い切りパフォーマンスすることを決意したクライアントがいる限り、私の都市住宅を探す旅はまだまだ終わりそうにありません。
私自身、大きな都市の中心に身を置きながらも、それを俯瞰(ふかん)し続け、小さなものに対する探究心や好奇心を忘れることなく、ひたむきに建築をつくり続けながら、プレーヤーとして、都市住宅を目指す人々のお手伝いを続けていければ幸いです。
それではまた、「都市」のどこかでお目にかかりましょう。 |
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| 斜めに切り上がるファサードが特徴的な地上4階建ての2世帯RC造狭小住宅。区画整備の影響により、敷地が縮小され、上部への空間確保が余儀なくされた。都市化する周辺エリアの多くが、このような建て替えを余儀なくされている現状がある(2007年10月完成予定) |
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| 建築協定により最低敷地面積が定められた良好な住宅街に建つRC造都市住宅。打ち放しコンクリートと木製ルーバーの調和により、プライバシーを確保しながら、水平を強調した端正で風格のあるデザインを実現した(2007年2月完成予定) |
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| 線路際に建つ3階建て都市住宅。音の問題をクリアするためにRC造を選択することが多いのは、都市住宅のセオリーになっている。内部はコートハウスとして屋外ジャグジーバスなどが設置されているが、その様子は外観から予想がつかない(2007年12月完成予定) |
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| 閑静な住宅街にある位置指定道路の奥に建つ2階建ての住宅。住宅部分は木造で、仕事で使用する音楽スタジオはRC造で構成したハイブリッドな構造を選択した。都市型SOHOはますます進化を遂げている(2007年11月完成) |
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