TOPLiving Style路地裏の極上住宅

優れた住宅をつくろうとするとき、その原動力になるのは、建て主が見せる強い意欲とパワーであり、建築家が示す熱いスピリットとアイデアである。東京において、極上住宅は路地裏に生まれ、育ち、鍛えられてきた。これは、路地裏で身を粉にしてきた建築家が、活動の舞台を表通りにまで広げ、さらなる極上住宅をつくろうとする物語である。

「アーバンスモールハウス」 ~狭小という極上~

スモール・イズ・ビューティフル

 nLDKの概念がアメリカから輸入されたのは今から60年ほど前のこと。その影響力はすさまじく、当時の日本では大勢の人々が部屋数の多い邸宅にあこがれを抱きました。政府の持ち家制度などが世間を後押しし、家を持つなら郊外で広い方が良いという考えはあっという間に日本中に広がりましたが、都市で暮らす人々にはそれが本当の豊かさなのだろうかという疑問もありました。

 次第に人々は都市に興味を持ち始め、都市の機能を利用しながら、都市とともに生きることを選択し始めました。都市とともに暮らせるなら、たとえコンパクトな空間でも構わないという思想の下、建築家が手掛けた都市住宅が数多く誕生し、「狭小住宅」という愛称で人気を博したのが2000年のころです。

開口部を市松模様に配置し、シンボリックに構成している「DAMIER」のファサード(写真、西川公朗)

 たとえ小さくとも、都市に自分の拠点を持つことで得られる利点は多く、とりわけ職住一致のSOHO思想には、ぴたりと当てはまりました。少子化の中、大家族で暮らす住宅が不要になったことに加え、パソコンの普及により広いオフィスが不要になったことも、大きな理由の一つといえるでしょう。

 都市部の土地価格が下落し始めると、狭小住宅を建てたいと願う人がこぞって用地を購入し、分譲マンションでは得られない小さな夢を求めました。我々のオフィスにも大勢のアーバンスモールハウスを求める建て主が訪れ、気に入った洋服をオーダーするように、自分たちだけの住宅づくりを楽しみ始めたわけです。

 しかしながら、高まる需要とは裏腹に、家づくりの環境には向かい風が続きました。小さな敷地ゆえ貸し渋る金融機関に加え、小規模工事であるがゆえ高騰する工事費、複雑な形状のかつ小さな土地に潜む隠れたリスクなど、問題は枚挙に暇(いとま)がありません。

黒のガルバリウム鋼板で仕上げた外壁にスリット窓とくり抜かれた窓がリズムをつくり出している「RIP」のファサード(写真、西川公朗)

ガラスで囲われた1階のショップの上に木箱が載せられたようなファサードが印象的な店舗併用住宅「dogdeco」(写真、西川公朗)

 そのような逆風の中で現れた強い味方が、30代を中心とした「若手建築家」と呼ばれる野心にあふれた設計者でした。アフターバブル世代の若手建築家は、不況の中で実作を生み出せる喜びをかみしめながら、小さな作品に全力を注いだのです。それは、小さくとも自分の城を持てる喜びを感じる同世代の建て主と同様の感覚であり、双方の出会いは時代の宿命だったのかもしれません。

 これまでたくさんの建て主との出会いがありましたが、小さな家であるほど、大きな夢や冒険が詰まっていたことを、今でも思い出します。家は買うものではなく、つくるものであるということを世間に広めたのは、紛れもなくアーバンスモールハウスの美意識や魅力に引きつけられた都市生活者であるといえます。

 それでは、アーバンスモールハウスにはどのような「極上」が潜んでいるのでしょうか。我々の実例をご紹介しながらお話ししていきたいと思います。

わずか11坪の敷地に建つ「STEPS」。吹き抜けや階段を中心に縦につながる空間構成が特徴である(写真、西川公朗)

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