TOPLiving Style路地裏の極上住宅

優れた住宅をつくろうとするとき、その原動力になるのは、建て主が見せる強い意欲とパワーであり、建築家が示す熱いスピリットとアイデアである。東京において、極上住宅は路地裏に生まれ、育ち、鍛えられてきた。これは、路地裏で身を粉にしてきた建築家が、活動の舞台を表通りにまで広げ、さらなる極上住宅をつくろうとする物語である。

「サイトストラクチャー」 ~歩くというデザイン~

フィールドサーベイ

 みなさんは哲学者の中沢新一氏の著書「アースダイバー」をご存じでしょうか。

 この本には洪積台地と沖積低地の二つに色分けされた「アースダイビングマップ」という東京の俯瞰(ふかん)図が登場し、台地と低地が連続する東京の土地の特性が見事に視覚化されています。東京の断面図ともいえるこの地図は、基本的な土地の構造(サイトストラクチャー)を知るためには欠かせない視座を我々に与えてくれています。

 私は東京の出身ではありません。そのため、東京で住宅デザインの仕事に就くにあたり、あらためて東京のサイトストラクチャーについて深く知る必要がありました。そこでまず行ったのが「フィールドサーベイ」すなわち「街歩き」です。

 場所の固有性やエリアの歴史を踏まえずにデザインされたものは「真の建築」とはいえません。建築とは「場所の固有性を視覚化したもの」ですから、場所について知らないままデザインを進めることは許されません。やみくもにスケッチを始める前に、街並みの歴史や敷地周辺の声に耳を傾けながら、じっくりと観察してみることが何より大切なのです。

周辺環境を踏まえたうえで建物だけでなく、全体の計画を整えていく(写真、西川公朗)

 しかしながら、ただ単に歩くだけでは東京の街はあまりにも大きすぎます。友人の勧めもあり、私は「東京23区の区境」というルールに従って歩くことにしました。もちろん東京23区の区境に特別な意味があるわけではありません。しかし、地図のルールに沿って忠実に歩くことで、地図と異なる街の状況や規模のギャップなど、感じることが思いのほかたくさんありました。

 とりわけ、地図では読み取れない情報として大きいのが敷地の高低差です。東京には無数の坂が存在し、山谷が織り成すことで構成されています。高低差が生み出す独特の風景や微妙な湿度差を感じつつ歩くことで、例えば「四谷と高輪の台地の空気が似ている」というような生きた情報が次々にインプットされていきました。

 それから、界隈(かいわい)の飲食店などに入るとエリアの人々ともじかに接することができます。実際の場所に身を置くことでキャラクターを体得する行為こそが街歩きなのです。歩いていて気になった場所は図書館やインターネットでより深く調べることにしました。そうするうちにその場所が自分にとって縁のある場所になるのです。

たとえ敷地条件が難しくとも、工夫次第で豊かな空間は獲得できる(写真、西川公朗)

土地の問題を解決していくことで、その場所でしか成立しえない建築の個性が生まれる(写真、西川公朗)

 様々な街を歩き続けるうちに、エリアの特徴や人々の特性を読み取ることができ、正確な情報として体内にマッピングされていきました。これらのデータにはウソはありません。街歩きの経験がなければ、歩くことが情報を読み解く複合的な行為であり、まさしく「デザイン」であることに気づかなかったでしょう。

 新たに土地を購入し、家を建てる人たちにとっても、建築の技術や知識を体得する前に、「歩くというデザイン」の実践をぜひお勧めしたいと思っています。

土地が持つ将来性を読み解き、デザインに組み込むことで、場のシンボルになる建築を生み出すことができる(写真、西川公朗)

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