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スローライフの住宅術 BackNumber
文/藤田昌弘
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家づくりは「人づくり、街づくり」

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日々の暮らしの中から

 家が完成してから3年後に庭をつくりました。資金難が理由とはいえ、とりあえず泥よけのために砂利を敷いた庭を眺めながら、ゆっくりと構想を練る時間が取れたことは幸いでした。

 この時に初めて出会ったのが、大瀬造園の堀乃内さんでした。会うなりいきなり、1本だけ既に植えてあったヤマボウシの位置が悪いと言い出して、玄関ポーチにある格子戸の正面に植えろ、というのです。

 建物の位置関係と高さのプロポーションからそれなりの位置に植えたつもりでしたが、言われてみればその通りだなと素直に言うことを聞いて、植え替えてもらうことにしました。

 大きな木だっただけに、植える位置によってこんなに変わるのか、と驚きました。玄関ポーチまでのわずかなアプローチですが、この木を回り込むことになるので距離感が出てきたのです。

 子どもが小さい時は毎日のように中庭で食事していました。この木の位置が絶妙で、道路から格子戸の中にある中庭を見えにくくする役目も兼ねてプライバシーが確保されたのです。さすがはプロだと感心しました。この時から、彼とはいつも言い争いながら庭をつくっています。

 家庭とは「家」と「庭」があって初めて家庭だという先輩のウンチクも身をもって体験することになりました。この経験が基本設計時の家と庭の同時提案につながっています。

 また、このころには薪(まき)ストーブを自宅と事務所に入れました。薪ストーブを最初に入れてくれたお宅のご主人がその快適さを大変に喜ばれて、「生活の中で体験しないと建て主さんに本当の良さを薦めることができませんよ」と言ってくださったのです。

 計画の段階では検討していた薪ストーブは予算の関係で入れるのをあきらめかけていたのですが、この一言で決心が付きました。薪ストーブは本当に快適です。冬が一番嫌いだったのですが、毎年、毎年、冬が来るのが楽しみになりました。

 まだ幼かった子どもたちも、火を起こすのを楽しみにストーブの周りに集まってきました。火を見て暮らしていると安心を得られた幸せな気持ちになります。今ではストーブでもないと、夏のキャンプのときくらいにしか火を見ることはできないのが残念です。

 その後に我が家に来たのが、ウルフくんです。私も妻もイヌは飼ったことがなかったので、子どもが飼いたいと言っても尻込みしていました。ところが、娘が小学校の卒業式の帰りに突然、近所の家からもらってきてしまったのです。

 甲斐犬の雑種が母親で、家出した時にできた子イヌだったそうです。目が白いので、手を出したのはハスキーに違いありません。妻は泣いて、飼うのには大反対したのですが、今では一番愛しているようです。

 2階にあるワンルームだった子ども部屋は、娘が中学3年生になった時に二つの部屋に区切りました。その後、息子は東京に出て一人暮らしを始めたので、今年の初め、空いた部屋に雑多な荷物を置いてワーキングルームとしました。その代わり、計画通りに1階のワーキングルームを私たちの寝室に変えることで、足腰が弱くなる将来に備えます。

 2階で寝室に使っていた和室からはベッドを取り除き、畳が敷かれた本来の和室の役割に戻しました。近い将来、子どもたちの家族が泊まりに来てもこれで安心です。

 15年目を迎えた自邸の木組みは落ち着いた飴(あめ)色に輝き、真っ白だった漆喰(しっくい)の壁は深みを帯びた乳白色に変わりました。この家がどのように使われ、どのように飾られ、家族とともにどのように成長していくかが楽しみです。

 「スローライフの住宅術」の原点であり終着点でもあるこの家の暮らしから、これからも「街づくり、人づくり」を考え続けたいと思います。
 
大きなヤマボウシの木の位置を植え替えたら、玄関ポーチまでのわずかなアプローチでこの木を回り込むようになって距離感が出てきた。植栽の醍醐味(だいごみ)を味わった瞬間だった

寝室に使っていた和室からはベッドを取り除き、畳が敷かれた本来の和室の役割に戻した。家族の成長とともに、家の使われ方も変わる。あくまでもフレキシブルな家でありたい(写真:上田明)

竣工直後に食堂から居間を見る。スギの木が初々しい。床の下地合板の上には記念に、食卓といすの位置を描いて4人家族の名前を書き込んだ(写真:上田明)

15年目を迎えた自邸の木組みは落ち着いた飴(あめ)色に輝き、真っ白だった漆喰(しっくい)の壁は深みを帯びた乳白色に変わった。この家がどのように使われ、どのように飾られ、家族とともにどのように成長していくかが楽しみだ

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