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うちの施主のおかしな注文
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プロフィール 実作品 国際設計競技案
京都で「おかしな人やんな」と言われたら、「面白い人ですね」「変わった人ですね」のいずれかを意味する。これは、「施主のおかしな注文」をエネルギー源にして活躍する新進建築家、中村安奈と神野太陽(イースタン建築設計事務所)の住宅設計物語である。
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建築を千夜一夜のように語る 後編
千の窓

 (前回からのつづきである)。
 私の母が、夢見心地に語った物語を、再び話し始めよう。

 「永遠に窓を彫る男よ」と彼女は説明する。曲面に反り上がった崖(がけ)に、無数の窓を彫っている男がいた。
 「囚(とら)われているように見えた」。狂気に見えた。男のところへ行って尋ねた。「あなたは何をしている、ここで何をしているの?」
 「責務を負っているのだ」。男は手を休めることなく言った。「多くの人々が囚われているのだ。そういう人たちが見たい風景を見れるように、だれかが窓を開けねばならない。その窓を彫っているんだ」

窓を彫る男。反り上がった壁に1つずつ形の違う窓を彫っている。千の窓

 これ全部を? 独りで? …1つとして同じ形がない。「様々な形があるのはどうしてか?」と、彼女は尋ねた。「人の望みは無数で、それが尊い。そのどれかに合う、考えうる限りの形を彫刻せねばならないのだ」。

 …中は、痛々しく、乾いていた。「千の窓の、どれか1つがかれの窓なのだろうか? 窓はだれかに返すのだろうか? この行為は崇高なのか? それとも無意味なのか?」。…千の窓の価値を品定めしていたのではなかった、彼女は。意味と無の国境を巡って考えていたのだ。その葛藤は、人間の心の袋路へ入って行くことに似ていた。そこには、入れば入るほど破壊されそうな夢の意義があるはずだった。

 つかみがたくあふれている、千の形の前で、彼女は思った。窓1つ1つにこめられた思いが、もし…、1つ1つ形につきつめられているとしたら? それを思うと、めまいがした。

「千の窓は、なにから生まれたのか教えてよ。わたしはそれを見たいと望む。あなたの構想そのものが、わたしが探しているものかもしれない。たった1人の女が、投げつける問いがあなたに、次に彫るものの姿をはっきり見せるでしょう。私と一緒に行きましょう」

 かれらは、千の窓を捨てて、外へ出た。ふたりが振り返ると、かれが彫った窓は、大きな1つの水滴か波のように、無限の色彩をつけていた。男は、自分の幻が今もその中で窓を彫っているんじゃないかと恐れた。

千の窓の外へ出ると…。千の窓が彫られた壁というのは、建築物のようで、それも卵を傾けたような形だった。千の窓は、天の川か、波に似ていた

 窓1つ1つに意味をもたせるべく、かれらふたりは、人間の生活、眼の前に生きる人々の行為を発見する旅へ出た。1つ1つの窓の向こうに1人ずつ、強い人間像があらわれ出るようにだ。
 “窓を彫る男”の姿は、今も私の胸に残っている。今もその姿を見ることがある。
 彼女の旅の幻想と、窓を彫る男の、人間がまだ中にいない彫刻とが、混じり合おうとしていた。かれらが、それから降りて行った街は、街そのものが“城”だった、と、彼女は説明した。



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