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うちの施主のおかしな注文
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プロフィール 実作品 国際設計競技案
京都で「おかしな人やんな」と言われたら、「面白い人ですね」「変わった人ですね」のいずれかを意味する。これは、「施主のおかしな注文」をエネルギー源にして活躍する新進建築家、中村安奈と神野太陽(イースタン建築設計事務所)の住宅設計物語である。
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犬からのメッセージ
複式犬舎という伝統様式

 施主は製造業を主宰している。私たちの恩人である。私たちを仲間と呼ぶ。その大きな心持ちへ敬意をこめて、この施主を大男と名づけよう。

 大男は山の集落に住んでいる。1日に数回だけ、バスがこの集落と町をつなぐ。バスの最終駅。美しい川が集落の東を流れる。樹齢400年の巨木の下に神社がある。その下に立つと、たしかに神がいると思う。

 大男はこどもの頃から犬がそばにいなかったことがない。今、2匹の愛犬がいる。ロットワイラーというドイツの番犬である。黒い肢体、首筋に赤毛。かれらの「家」を設計した。施主は大男と、2匹の「犬」である。「犬と遊ぶところをつくってほしい」。これが施主の注文だ。

3月の朝6時30分、集落の東の山 集落の東に神社がある。境内から南を望む。この背後に集落の喬木がある バスの時刻表。2路線があるが、どちらもここが最終駅。集落に住む女の子が降りてくる。バスはこの集落で引きかえしていく

 敷地は、大男の家から100メートル程離れている。その家とは「水平の家」で、別の機会に話をする。ここは、その家の建設のとき、資材置場として、また現場監理事務所として使った小さなコンテナを置いた空き地だった。雨が降る前の日にはよく鹿や猿を見た。

 この空き地に私たちがつくったのは、犬小屋ではない。技術的に、「複式犬舎」という。1匹のときは2部屋、2匹のときは3部屋をつくる。犬舎の伝統的な様式である。つまり、1つの部屋を掃除し、水を流し、乾燥させているあいだ、犬は空いている「もうひとつの部屋」でゆったり過ごせるというものだ。

 もうひとつの部屋を、1つの空間のうちに用意することは、人間と犬との関わりへの、深い思索と実践に裏づけられている。冬の寒いなかで掃除をするとき、犬を外へ出しておく必要がない。もうひとつの部屋へ移って、犬は安心して人間の行為を見る。

 人間は人間の社会のなかで生きる。野生動物は野性のなかで生きる。今回の世界は、人間と犬が混在した社会であって、その社会なりの特殊な約束事がある。人間のほうも、犬のほうも、それを守らねばならない。

 人間は犬と歩かねばならないし、清潔にしてやらねばならない。犬も人が「さあ行こう」と言うときに、それにしたがわねばならない。掃除を受け入れねばならない。そうでなければ、最終的には不都合がおこる。大きな番犬と主人が関わりあうための建築の役割とはなにか。

「空き地」に座るロットワイラー。犬は、この「空き地」より外が別世界であることを知っている

 私たちは通常、人間のために建築をつくる。この仕事はそれとは異なった質のものである。なぜか。犬は、家のなかにいて、木漏れ日を楽しむことがないからだ。私たちの建築は木漏れ日を望む。人間は木漏れ日を見ることによって生命力をとり戻し、静けさを覚える。それが、人間が生きるために重要だと私たちは考えている。犬はどうか。

 犬の、人間と関わって生きる死生というものを、具体的に次のように考えた…。

 人間の家と犬の家は別々とし、なお近いこと。双方が土足であること。犬もたしかに、のびのびとした場所から山を見ること。

 犬を寒さから守る寝床があって、まるで人の家と同じように眠ること。そこへ人間も自在に入れること。犬が掃除を受け入れやすいこと。犬の部屋があり、犬の玄関があること。玄関は駆け回るところであること。それが空き地へつづき、そこを人間と犬の世界とすること。

 大男はそこで犬と約束事を学ぶ。そこから外は犬と主人だけの世界ではない。かれらの世界が順序をもって広がること。

集落を流れる川から小屋を望む。川辺は桜並木。左手のコンクリートの打放しの建築が母屋(水平の家)。小屋にあたっている陽光は澄んでいる

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