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うちの施主のおかしな注文
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プロフィール 実作品 国際設計競技案
京都で「おかしな人やんな」と言われたら、「面白い人ですね」「変わった人ですね」のいずれかを意味する。これは、「施主のおかしな注文」をエネルギー源にして活躍する新進建築家、中村安奈と神野太陽(イースタン建築設計事務所)の住宅設計物語である。
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しゃもじとあずき
母娘が手探りで始めた店

 土地を初めて見に行った日に、施主の奥さんが偶然出て来て、こちらを見た。たがいに頭を下げ、それが始まりだった。

 「紋所の家」という建築を京都につくった。紋の伝統工芸士の工房(=紋所)と自宅(=家)である。

 この建築は京都駅からまっすぐ北へ走る烏丸五条を1本西へ入った諏訪町通りにある。この通りの1本西の室町通りは、高級繊物問屋街である。この文化に関わる人々はみな町の路地に住む。そのような場所でしかできないことがある。例えば、京の祭は、この基盤に支えられて、この地の旦那衆がつくっているものだと言えよう。ここから京都の繁華街まで歩いて5分とかからない。奥さんは大丸や明治屋まで自転車で行くという。

 そんな土地に私たちがつくったのは、平家である。京都特有の路地の文化、鰻の寝床(うなぎのねどこ)一杯を使って、紋所と家をひとつづきとして、上空3メートルへ「持ち上げた」。この上空へ持ち上げた平家、「紋所の家」の話はいずれすることになる。ここでは、その下につくった10坪の小さな店、奥さんと娘さんがやっている雑貨&カフェの話をしよう。

「紋所の家」。ファサード(外壁)は、和服の胸を閉じるように左右を重ね、紋を十字に切った形。紋は、旦那さんの職。そのふところに抱かれるように奥さんと娘さんの店がある

 この店は、幅4.9メートルの諏訪町通りに面して3.2メートルひかえている。ファサード(見せ)は、和服の胸を閉じるように左右を重ね、紋を十字に切った文様だ。旦那さんのふところに抱かれるようにしてふたりの店があるわけだ。

 完成は2007年10月。京都の隠れた通の店として、多くの雑誌・本で紹介され始めた。訪れた人を通じて広がりつつある。母娘が手探りで始めたやわらかな発想へのエールであろう。

紋の光のなかに店がある。農家の納屋か、岩の裂け目を入ったところにある部屋のようである ずらした壁のあいだから光が入ってくる。直射光がテーブルにあたることはない。光は壁をつたう 紋所は2階にある。手前におかれた愛らしい看板は旦那さんの手製。建築は道路から3.2メートルひかえている

 気に入った器、食器、急須、お弁当箱などを、母娘が全国に出かけ、交渉して、この店におく。知る人ぞ知る作家ものがおいてある。普通は小さい店には納めてくれないのだが、ふたりの熱意と選眼に触れてか、了解してくれる。旦那さんも、私たちも、驚いている。

 大通りに面しているわけでも、観光客が多く来るところでもない。今はマンションが多いが、この家が紋所であるように、このあたりは呉服問屋が多い。

 店鋪の誘致に詳しい人などは、「ここで儲けようと思うなら、近場の勤め人のランチや弁当を出して、人を呼ぶしかありえへんなあ」と言った。市場調査的な見地からは、流行ることは考え難かった。  

コンクリートの壁のなかの木の戸。左はシマトネリコ

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