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うちの施主のおかしな注文
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プロフィール 実作品 国際設計競技案
京都で「おかしな人やんな」と言われたら、「面白い人ですね」「変わった人ですね」のいずれかを意味する。これは、「施主のおかしな注文」をエネルギー源にして活躍する新進建築家、中村安奈と神野太陽(イースタン建築設計事務所)の住宅設計物語である。
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ブロイラー・マンションは嫌だ
施主は“旅人”

 「この施主の職業は?」と聞かれると困る。エンジニア、京人形店店主、発明家、書道家など、色々ある。職業というものにこだわっていないと私たちは思う。今も、なにかお探しかもしれない。よって、この施主を“旅人”と名づけよう。

 知人に、“旅人”と会ってくれと言われた。自分の土地に賃貸マンションを建てたいとのこと。ただし、「納得できないことは受け付けない人」だという。「説得不可能。君たちの建築ならなんとかなるかもしれない」と紹介を受けた。

 敷地は京都、西大路八条。平清盛の「西八條殿」の跡地である。近隣の若一(にゃくいち)神社はその史跡。妓王、小督局(こごうのつぼね)など、清盛にかかわりのあった女性たちの哀しい物語を見つめてきたであろう、樹齢800年の大楠(くす)を祀(まつ)っている。

 “旅人”は町家に住んでいる。初めて“旅人”と会ったとき、町家の通り庭を南へ通された。そこが敷地だ。つまり、“旅人”の町家と敷地は、通り庭でつながっている。

 敷地のまわりには、ご子息やご兄弟、幼馴染みが住んでいる。「土地を子孫のために活用したい。だが納得いかないものをつくるくらいなら、畑にでもしようと思う」。

 “旅人”は呻吟(しんぎん)するような口調で言った。「ブロイラーみたいなマンションは嫌だ」。これが施主の注文だ。深く頷(うなず)くことができる意見を受けて、私たちは以下の建築をつくった。

西八條邸彩丹(にしはちじょうてい・さいたん)

 この区域は、30メートルの高さの建物が建てられる。しかし、私たちがつくったのは、3階建てである。幅4メートルの京都の小路(こうじ)に面して南向きに建つ。

 小路は今も砂利敷きで、“旅人”の私道だ。顔見知りが行き来する。小路を圧迫せぬように、建築は後ろに3メートルひかえた。さらに、建築の東半分をへこませ、小路へ入ってくる人々を迎え入れるような湾曲した形とした。

 私たちは、小路と“旅人”の住まいをいかに魅力的につなげるかということを重視した。入り口は、建築の中央に開け放った。その洞窟は通り庭である。この建築は、“旅人”の町家の庭へ向かって抜けている。互いの結節点に、私たちは昔のまま、梅の木を残した。部屋を借りる人は春先にやって来る。かれらは白い洞窟の奥に、白い花を見る。

この通り庭の奥に各住戸へ向かう入り口がある。通り庭は施主である“旅人”の住む町家の庭に抜けている

 人はこの建築を見て、平家物語の沙羅双樹(さらそうじゅ)がモチーフかと言う。洛中洛外図や屏風、襖絵に描かれた彩雲かと言う。木漏れ日かと言う。洞窟かと言う。あるいは、樹、蛇、葉かと言う。形は不思議な力をもち、言葉を誘発するのだ。

 しかし、真実は、私たちが施主の呻吟の一言から開けた「開口」である。750年前の記憶を現在に語り継ごうとする、「光の回路」でもある。潮流や時弊という致し方なさを、感受性の差し込み口から引き抜こうとする人だけに開く光の回路である。

 人が旅人のようにやって来て去っていく、一人暮らしの賃貸マンションの宿命に対する解答として、この建築では独立した住まいの集合体を1軒の家として見せた。分節されたマンション、つまりは「ブロイラー・マンション」のもつ親しみのなさを覆い隠した。  

分厚い壁の彫刻 “旅人”の町家から「彩丹」の後ろ側を望む。日本家屋の瓦の輝きと和の庭に合うように、こちらの壁面は、直線的なデザイン

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