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うちの施主のおかしな注文
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プロフィール 実作品 国際設計競技案
京都で「おかしな人やんな」と言われたら、「面白い人ですね」「変わった人ですね」のいずれかを意味する。これは、「施主のおかしな注文」をエネルギー源にして活躍する新進建築家、中村安奈と神野太陽(イースタン建築設計事務所)の住宅設計物語である。
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「アビラウンケン」と酒2升・塩10キロ
光の光

 …その一瞬のずれが、太陽の動きを知らせ、やがてくる日暮れの時を予感させる。

 人の話は、せいぜい祖父母の代までしか語れないものである。しかし、畿内では、確かに、千年を越す歴史を肌で感じる場所があり、その実感から逃げられない。

 1つのまぎれもない無言の注文である。人は土地からなにかを引き継いでいる。この事実の果てにあるのは、1つの謎であるが、この謎こそ、私たちの興味である。

 施主は京都で製造業を営んでいる。滋賀の実家は老朽化していた。「みんなが家族を連れて帰るには狭い」と、施主は言った。

 彼と、姉と妹が、実家へ帰る……。この一文は、どこか遠くで落として来た、私たちが口ずさむ詩句のよう、軽くなっていく母堂の重み、祖先と子どもたちの重なり、はかり知れぬ、謎。

 この謎は、生半可な一般性へ横滑りさせては、いけない。謎を謎のままに、私たちはそのこたえを形に託す。


塞(さい)の神が甲賀を見下ろす。午前5:55 信楽山の夜明け、 夏のきざしの風が穂の水滴を吹き、ふるさとを慕う

 夜明け、60本のスリットの淡い光。全体が仄(ほの)明るい。
 午前9時半、スリットの小口に反射する、弱い光の連続。
 午前10時半、まず斜めのスリットを太陽が貫き……
  午前11時、全部のスリットに太陽が突き刺さる。

  2つの光が、V形の筋となってふるえる。11時という時刻が止まる。

 …小口に反射する光が消える。光の形は、V形から1本に変わる。

 斜めのスリットは、太陽が貫く瞬間が、まっすぐのスリットとずれる。斜めのほうが少し早い。その一瞬のずれが、太陽の動きを知らせ、やがてくる日暮れの時を予感させる。

 光の筋が引き抜かれていく。再び淡い光だけの柔らかな明るみ。そして、日が暮れる。



スリットを直接抜ける日の光と、壁の厚み(小 口)に反射する光が、V形をつくって小刻みにふるえている

 この家は、全長105メートルの壁に刻んだ60本のスリットだけでできている。他に窓はない。

 この建築にとり入れる光の試みは、緑がすぐそばにない場所における、自然と建築との関係を宣言している。

 奥行き50メートル、間口7.5メートル、細長い敷地。狭い間口の一方は古い街道に、他方は川に面している。

 土地の南には、病院の廃墟がある。敷地の南は、見たくないものに塞(ふさ)がれている。しかし、その悪条件にも関わらず、複数のスリットは、家のなかへ見事な光を通す。


光の光 午前11:00 午前11:10 あたかも壺の口から光が注がれるよう

 狭い隙間の連続は、光の光。

 ある構造をつくることによって新鮮になる特殊な現実、私たちはそれを、「構造的自然」と呼ぶ。

 「スリットの家」は、コンクリートに刻んだ直線という現代的なものであるが、古くからの建築がもつ光に対する繊細な質がある。そして、伝統的な窓が全くないという実験的な試みである。

 この家には施主の母堂が暮らしている。スリットの光のなかで食事をしたり、掃除をしたり、刺繍(ししゅう)をしたり、絵を描いたり、書を描いたりする母の姿は、私たちの祈りのようだ。

 ここには、壷の中にいるような静けさがある。そこへ入ってくる詩的な明るみは、どこまでもつづくような空間を思いおこさせる。  

午前6:45 家の東、海蔵寺の檜(ひのき)の森、木漏れ日 午前9:59 この線は大気、清らかな光の交錯

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