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うちの施主のおかしな注文
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プロフィール 実作品 国際設計競技案
京都で「おかしな人やんな」と言われたら、「面白い人ですね」「変わった人ですね」のいずれかを意味する。これは、「施主のおかしな注文」をエネルギー源にして活躍する新進建築家、中村安奈と神野太陽(イースタン建築設計事務所)の住宅設計物語である。
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紋所の家
ごつい手が生み出す繊細な世界

 <紋所の家>は、家紋の「紋」を着物に入れる、紋の伝統工芸士の工房(=紋所)と自宅(=家)である。

 施主は、紋の伝統工芸士である旦那さんだ。この町では、旦那さんという言葉は、家長ということだけでなく、町衆を引っ張る人というような意味を含む。

 建て替える前の紋所で、私たちは施主と話をしていた。今も変わらず旦那さんが使いつづける桜の机の前で、あぐらをかいて。


紋所の家。「見せ」に縦8・横8の十字、奥行きに横8の丸い窓を開けた

 突然、問屋の商人が、着物を受け渡す小窓から顔を覗かせると、「(顧客が)急に着物を仕上げてくれと無理を言う」という主旨のことを言った。

 「“隅切角に上り藤”やったね、あと仕上げるだけや、今やるわ」

 施主は、足下から黒い着物地を1反とり出し、くるくると机へ広げ、筆をとり、絵皿から白色をすくい、驚くような早さで、緻密に、紋を仕上げていった。

 「これは“隅切角に上り藤” と言うんです」と、旦那さんは言った。「なにも見ないでできるんですか?」と聞くと、「全部頭に入ってまんのや、おたくらの仕事と違って、わたしらは形を新しくつくるということはないんです。紋というのは意匠が決まっておって、それを正確につくるんです」。

 ごつい手だった。だれもがもつ手じゃない。

紋を入れる。この紋は、丸に三ツ引 紋型、その下にある桜の机

 紋の種類は7000に及び、すべて円から造形される。複雑な文様のすべてを、人間は分回し(コンパス)を使ってつくり出すことができる。ごつい手がつくる見事な繊細さだった。

 敷地は、京都駅からまっすぐ北へのびる大通り、烏丸通りを1本西に入った、諏訪町通りにある。通称、東・室町(ひがし・むろまち)、この通りの1本西が室町通り。高級繊物問屋街である。江戸期には、日本の商業の中心地だった。施主は代々この地で紋所を営んでいる。

 紋をめぐる人々の通りと、紋を生み出す基盤の世界を、私たちは、象徴的にこの地にあらわし出したいと考えた。

十字、半月、ずれた前後の壁に開けた丸は、たがいにぴたりと一致している

 「西日に気をつけてくれ!」。これが施主の注文だ。土地は西を通りに面するのみで、南北を隣家に塞(ふさ)がれ、東には45メートルのビルが建っている。紋を入れる細やかさを考えれば、家の光は死活に関わる。

 この建築は、京の強い西日を逆手にとる。

 西の壁、家の「見せ」を、着物の胸を綴じるように左右に重ね、丸い窓を穿(うが)った。…縦8・横8を十字に。

 紋だ。紋を十字にうつ。南にも横8、北に横2、計26個の光の交叉を、紋所の象徴とした。


紋が窓である。光は動いてとどまることがない。ときに消え、またあらわれる 紋の光の中、突き当たり右に紋所がある

 紋をめぐる人々のやりとりが、紋の光の中で行われる。…着物を何反も抱え、京の商人が飛び込んで来、はためくように紋が入れられ、商人はまた颯爽(さっそう)と町へ出て行く。

 1つの文化をめぐる行為が、それを象徴する紋の光の中で行われる。

  歴史ある町の誇り、1つの職を、1つの家が象徴すべきである。…丸、十字、半月2つ、丸と丸の重なり。…この単純さが生み出す複雑なおもしろさがわかるか! それは、本質となる形だけでみずからを飾る姿なのだ。

 施主の注文から、私たちは、その言葉のうちに深くひそむなにかに気づく。その言葉のうちに深くうごめく人間の嘆きと願望がある。

 注文には実感があった。彼は光を見ているのだ。土地にある日常の光の動きを。

7000の紋のうちのほんの一部(出典:平安紋鑑)



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