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うちの施主のおかしな注文
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京都で「おかしな人やんな」と言われたら、「面白い人ですね」「変わった人ですね」のいずれかを意味する。これは、「施主のおかしな注文」をエネルギー源にして活躍する新進建築家、中村安奈と神野太陽(イースタン建築設計事務所)の住宅設計物語である。
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この場所で僕は死のう
集落の「目附け」

 この施主が住むのは山の集落である。

 この山から車で20分程裾野へ下りると、東海道五十三次の難所の峠である。

 施主は仕事上、故郷と40キロ離れた大津とを行き来している。京都で夜に会う約束をする時、施主は言った。

 「その日か…、次の朝、神社の掃除当番だから前の晩から帰らないかん」。「…え?」と聞き返した。「そうなんよ、村の男が毎朝交代で境内を掃除するんよ、一日も欠かしたらいかん」。

 集落の世帯は6軒しかない。7日の週の1日は必ず掃除がまわってくる。「若いもんはおらんし、山の神は女だ、女性が境内へ入ったらいかん、男が掃除するんよ」

 …嫌そうではなかった。守らねばならぬ物事を知っている者の持つ、確信めいた響きがあった。


この家は山深いところにある。周囲の山には、山の神が住む

 この施主は、このコラムの第1回「犬からのメッセージ」に登場した大男である。悠々とした人という意味を込めている。

 大男の家系図は、400年を遡ることができる。集落にある神社も、樹齢400年と言われる大杉の喬木(きょうぼく)の中にある。山の神を祖先が守ってきたのだろう。深く美しい、人目につかぬ山の集落。

 そこへ建てた建築の話をしよう。

朝の斜光が巨木の先端にあたり、次第に幹をつたって降りてくる。根元に、「山の神」と刻まれた石を祀(まつ)る

 「この集落には、目附(めつ)けの位置があるんだよ」。設計を始める前に、大男はそう言った。

 「目附け」とは、そこに立って、集落を見る場所のことである。集落から北へ、200メートル程坂を上がった寺の前がその地点である。

 「目附け」という言葉は昔からあって、今も、人々はその言葉を使っている。それがおもしろい。100年前のことではない、現在も、自分たちの生きる場所を見つめ、その時、心に思うことを捉えようとする場所がある。

 「目附け」は、現代に失われた大事な思索であると私たちは思う。

 わかったような、わからんような欧米概念の翻訳語とも、専門家が管理する虚構された言葉とも違う。深い実感を伴う。言い難い胸の高まりとともに故郷を望む。その具体的な行為の深さが指し示されている。

 初めて私たちが敷地を見たのは「目附け」からだった。「ここから見る風景に合う現代的な建築をつくってほしい」。それが、施主の注文だ。

「目附け」より集落を望む

 もともと大男が住んでいたのは、日本家屋のいぶし銀の瓦の下であった。かれは京都の東寺に住みこんだこともあり、若い時にはマンションに住んだこともあり、鉄骨ビルのペントハウスに住んだこともあった。様々なところを彷徨したのだろうか。

 …私たちは「目附け」に立って集落を見ていた。大男は、静かに、また呟くように、言った。

 「僕は、ここで死のうと思うよ…」。

 土地に骨を埋めようとする人間のさりげない深さから、私たちは、メディアにのっかる潮流とは違う次元を知ってゆく。私たちの眼差しを、別の次元へ解き放つ。

 時代にひきさかれていく信仰や習俗と、その内に焦がれるようにつきそっている人間のまどろみ、失いたくないと考えている自然、そこからうる安らかさ。その一方で、その慣習を変えたいと思う意志もある。その大本へ立つことが私たちにできるだろうか。大本を、形がうけもつことだけは確かだ。

6軒の集落の北の端が敷地である
a.目附け b.3本のケヤキの巨木 c.神社と喬木 d.祠(ほこら)
この地形を沿う一筋の線が発想と表現の本(もと)である

 集落の全体は100×70メートルほどで、小道を挟んで3軒と3軒が並んでいる。小道は曲りながら北へ低くなっていく。

 この家の敷地は北の端にある。敷地をめぐる小道との高低差は7メートルに及び、この崖の風景が、「目附け」からよく見える。

 崖の曲線にしたがって家をつくる、と私たちは言った。ほとんど直感的に、私たちは、地形に沿う一筋の曲線を図に描いて見せた。

 この地形を家としよう。私たちは崖を延長するように壁をまわし、地形に合わせた形をつくった。

 その家の在り方は、もともと建っていた家屋とは全く異なるものであったが、集落で守りたい信仰や習俗を活かすには、この考え方は適していた。大男はこの考えを気に入った。

 この建築は、一見しただけで全体像を把握するのは難しい。しかし、その発想と表現はすべて、「地形に沿う一筋の線」という考え方から探索されている。

朝日をうける「水平の家」



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