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うちの施主のおかしな注文
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プロフィール 実作品 国際設計競技案
京都で「おかしな人やんな」と言われたら、「面白い人ですね」「変わった人ですね」のいずれかを意味する。これは、「施主のおかしな注文」をエネルギー源にして活躍する新進建築家、中村安奈と神野太陽(イースタン建築設計事務所)の住宅設計物語である。
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ハートのジャックと鳩と使い川
おしかけ社員

 この建築は総合診療ビルです。…ええ、そうは見えませんね。でもほんとうに、循環器内科、耳鼻咽喉科が入っており、これからも、皮膚科、小児 科、眼科などを入れる予定です。

 建築家が施主と呼ぶ人は、私が働く会社の社長です。私は、かれの会社の社員です。

 今回は私がお話しします。私の町のハートのジャックと呼ばれる人のことを。


この建築の中に6つの診療所が入っている

 ここは、滋賀県、琵琶湖の東にある、能登川町(現東近江市)です。私は、隣町の別の会社で働いたけれど…、それはつまらない仕事だった。

 ある夜、飲み屋で知り合いの方が目配せした。「おい、ハートのジャックが来てるで!」。

 かれの不動産開発事業の噂は聞いていました。その根に、土地に培われたものをそのまま出す豪放なハートがある。

 私の眼は輝いたと思います。転職したかった。「紹介して下さい」と私。ハートのジャックは酔っぱらっていた。「あした来い」。わかりますか? それだけ、私も聞きたかったのは。

 翌朝、見知らぬ女が座っているなと思ったでしょうね。昨夜のことを言いました。「おしかけ社員です」と笑うと、「確かに…、そう言ったかもしれないな」。

 いつも偶然を待っているかのような人。この建築の設計者も、きっとそう思っていると思います。建築の大枠が決まっても、長いこと連絡もせずに寝かしていたかと思えば、ある日、突然始める。


近所の子供と建築

 ある時期、岩盤浴の設計に惚れ込んでいたのに、恋愛でもするかのように、物事がいきなり、本社ビルの話に変わる。別の敷地の話が出て、やめるかと思ったら、両方いっぺんにやると言い出す。右往左往してたいへんだと思いますか?

 いいえ、物事の全体を見るのが大事なことです。一旦惚れたら絶対的に信頼し、いいと思ったら隅々までよいと言う。あっちこっちいく難しさと絶対的に任す奔放さ。両極が同時にある…。

 この土地で仕事をするなら、豪放なハートを持つ人間となって、豪快な建築で応えるのが礼儀です。

 確かめることができないことで口説いても、私は靡(なび)かない。なぜそういうことをするのか、理由を聞かしてもらえないなら役に立たない。私の事実に合わなければ。

 ならば、施主の立場でも、建築家の立場でも、私の立場でも、同じ言葉を使えるはずです。


建築の中の「道」から見た鳥形の穴

 町の診療所が集まる建築の在り方を、設計者たちはこう言いました。

 1、 地域診療のための建築に、お金をかけ過ぎることはできない。ルイ・ヴィトンやシャネルが入るわけじゃない。
 2、 「がわ」に金をかけたら、賃料は上がるだけだ。地域へ貢献しようとする医師は、安い賃料を求めて来る。

 無駄があってはならない → それだけでは足りない
 意味のない余剰はいらない → それだけでは足りない

 ごまかしがないところだけを残します。そこを強める。そういう設計案だと言っていました。

 「診療所を並列に並べて、その中に道をつくる」…(A)

 これ以上、簡潔な考え方はないであろうと思うのです。違いますか?

 ハートのジャックは勝算を読みました。地域診療の現実から、(A)は的を外していない。この建築は安くできる。建築家たちが提案したのは、その「道」に、切れ目を入れた形。

 「森のようだ。もっと子供たちがよろこぶようにしよう。鳩とか飛ばそう!」。…これが、ハートのジャックの注文でした。


鳥と壁のスケッチ。鳥と開口が影響しあっている

 建築家たちは鳥の形を研究しました。気高い鵲(かささぎ)、食いかかる鶏(にわとり)、天を睨む鵜(う)、雲の影をゆく鶴(つる)、魚を見つめる鷺(さぎ)、金色(こんじき)の孔雀(くじゃく)を。

 建築に、鳥形を射抜いています。幅40×高さ7メートルの長大な壁の中、大きな開口部と2羽の鳥とが、この建築を変化に富むものとしているのが見えるでしょう。

 …私はこの建築の前に立った時に思います。鳥がいるから森が映えると。


2階から建築の中の道を見下ろす 曲線の切れ目の向こうが繖(きぬがさ)山、その向こうに琵琶湖がある



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