TOPLiving Styleうちの施主のおかしな注文

うちの施主のおかしな注文
コラムトップ BackNumber
プロフィール 実作品 国際設計競技案
京都で「おかしな人やんな」と言われたら、「面白い人ですね」「変わった人ですね」のいずれかを意味する。これは、「施主のおかしな注文」をエネルギー源にして活躍する新進建築家、中村安奈と神野太陽(イースタン建築設計事務所)の住宅設計物語である。
1 2 3 4
餅と酒と海
餅と酒と注文

 建築の注文は? と聞いて、それが出てくることはまずない。
 だれでも言えること、家族構成とか、どれくらいの広さが欲しいとか、庭が見たいとか、施主と話し、土地を見れば大体わかることは、難しく言うことも、くどくど言う必要もなかろうと思う。

 本質的な注文はなんだろう。それは抽象論では言えないから、各々論で話す。ここではその具体というより、その根っこにあるものを話そうと思う。

 根っこだから、風習とか、習俗と信仰、そこに思想的なものが流れるところから始めることとする。
 餅と酒である。

 滋賀で仕事をするとよく餅をもらう。餅を手渡す行為の底に見逃しているものの消息を追おう。

稲穂に水滴が光っている。これは「スリットの家」の近所(*) 信楽から甲賀を望む(*)

 甲賀に「スリットの家」をつくった。(第4回「『アビラウンケン』と酒2升・塩10キロ」
 建て直す前の家に初めて訪れた時、そこに住む施主の御母堂と初めて会った。「初めての出会いには、丸餅をあげるんよ」。そう言って、帰りに、丸餅をたくさん持たせてくれた。


完成した「スリットの家」の内部(*)

 同じ滋賀の山の中に「水平の家」をつくった。(第1回「犬からのメッセージ」第6回「この場所で僕は死のう」
 施主は、設計の打ち合わせや現場監理の時、よく茨餅や草餅を持たせてくれた。「帰りの車の中で食べなよ」と言って。


精米した白米に麹(こうじ)を入れて盛り分けたもの。甘く、粘りがある ここは昔の製法に近い方法で酒をつくっている。麹、蒸し米、水に酵母を加えて桶(おけ)に仕込む。桶が醗酵を促す。京都・伏見「月桂冠」の酒蔵

  現場は私たちの京都の事務所から遠く、暗くなっていく木々の下を抜け道にして、私たちは餅を食べながら帰った。とろとろした餅の感触とともに、鼻孔の奥で味わうような香りが長もちする。私たちを瑞々(みずみず)しい気持ちにした。

 …日本のいたるところの祭に白い光を放っている、粘りあるまるいもの。…餅に、私たちの祖先はなぜ大事な意味を担わせてきたのだろう。


酒林(さけばやし)を祀(まつ)っている。醸造業の印。酒林は、杉の木の枝をまるくしてつくる。醸造を始める11月に奈良の三輪山の酒の神からもらいうける。1年を通じて、杉の緑は次第に枯れ色に変わってゆく 蔵と桶。日本の桶や樽、壷の力強さは、そのうちに籠り満ちるものがある、かぐわしいものを醸すという観念と関係している。そこでは、「醗酵のために使うもの」を大事にした。床や窓辺に壷を飾り、花を活ける建築の本(もと)に、そういう下地がある

 その捧げ方に注意しよう。今は「あげる」という振る舞いでしかなくなったものの底に、「つくる」世界がある。捧げるということはつくることだ。
 粘りあるものの特質が手がかりとなる。
 粘りあるモチ種は酒の醸造に使う。粘りあるもので瑞々しいものを醸(かも)す。

祇園祭にて。鉾(ほこ)の上部に注意しよう。木が立っている。どの鉾も、木を挿(かざ)している。神がそこに降りて来る 「スリットの家」。天井まで切れ上がったスリットに挿頭(かざ)す風鈴。鉾と形が似ている。だから、小さな神がいるような音(*)

 酒は、…白米の中心、粘りあるうるみ(心白)を出し、蒸し、蓆(むしろ)に広げて人肌に冷やし、室(むろ)に運び、水とともに桶(おけ)に仕込む。麹(こうじ)カビとともに盛り分け、でんぷんを甘みに変え、甘みを酵母によって酒に変える。酒槽(さけぶね)で搾(しぼ)り、息苦しい炭酸ガスの中、櫂(かい)でかき回し、光沢あるかぐわしい酒を搾り出す。

 醗酵と醸造は貯蔵してできる。湿り気を閉じ込め、適度に逃がす。その制御に、桶、樽、壷を用い、そこに広げ仕込む。すなわち、密閉と開放の製作がおこる。
 私たちは今も、壷や器に瑞々しいものを入れ、花を差し、餅を置き、それを湛(たた)える場所の具体を、建築とする。その本(もと)に、醗酵するものへの観念が深く関わっている。


地勢図の上に、人間関係相関図をのせた

私たちは酒と餅を盛る。死生の様々に。その行為の深淵に、ある感情をひきよせようとする過度の要求があったはずだ。




next
おすすめ情報(PR)