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うちの施主のおかしな注文
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プロフィール 実作品 国際設計競技案
京都で「おかしな人やんな」と言われたら、「面白い人ですね」「変わった人ですね」のいずれかを意味する。これは、「施主のおかしな注文」をエネルギー源にして活躍する新進建築家、中村安奈と神野太陽(イースタン建築設計事務所)の住宅設計物語である。
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天井の図面と夜明けの人々
天井の図面

 前回、私たちは、注文とは死を遠ざけるものを定めることだと話した。それは同時に、見るものを定めることであった。それなら、見るという行為が働きかける力を問わねばならない。その深さを、一般論におさめてしまうかわりに、施主の行為の具体例によって明らかにしよう。


「水平の家」。平面図を空に貼りつけている。地面に縄張りをしている。水平スリットは、長さ計115メートル

 …施主の奥さんが、私たちに教えてくれた。彼女が言うには、設計が始まってから夫の様子が変だ。「この人が、毎朝5時に起きて、ソファに寝転んで虚空を見ている」。身動きもしないで考え事をしている。
 来る日も来る日も、施主はソファに横になって、両手を頭のうしろに組み、虚空を見つめている。彼女はそっと、彼の視線を追った。天井を見ると…

 「図面が貼ってあるのよ!」

 男は、日の出る前に起き、図面(設計図)を天井に張り、ソファに横になってそれを眺めた。すくりと起き上がると、今度は図の天地(上下)を逆さまにして寝転んで、またそれを眺めた。


「紋所の家」。空に貼った平面図と地面の縄張り。丸窓で十字を刻む

 そうしたらと言った訳でもないのに、私たちの知る限り、「水平の家」の“大男”と、「紋所の家」の旦那さんが同じことをした。

  天井に図面を貼ってはそれを眺め、ひっくり返しては眺め、朝5時、なにかを探す。かれらを、“夜明けの人々”と名付けよう。


神は社(やしろ)の中ではなく、背後の山にいるのだ

 “夜明けの人々”が見上げていたのは、1つの天空の図面。過去の記憶と未来の空想、動きまわる自分たちの姿、織りなされた自己の感情と一つの思想…、天空的な視野である。

 天井の図面を見つめつづけた男は、ある日、妻を連れ立って敷地へ向かった。

 長い縄を持って。私たちの描いた形の寸法を、縄で、大地にうつしていった。

 私たちも見に行った。縄は、地面を這い、石で固定され、フェンスに縛られ、途中で切れて長さが足りないところは棒で継ぎ足されていた。
 建築の外形やそのうちの通路、部屋の広さがうつされ、高さを感じたい時は木材を立て、それを固定した。敷地の外から歩いて、座り込んで眺め、坂道に立ち、その高さを見上げた。


琵琶湖の東にある湖東三山の一つ、百済寺のやぶ椿(*) 同じく百済寺、仁王門近くのしめ縄(*)

 “夜明けの人々”の行為を、「縄張り」と言う。
 縄張りはふつう施工者がするもので、建築の平面形を土地にうつし、図面の実際を確かめる。施主が自ら縄張りをするのは珍しい。

 人間が神殿や神社を建造するずっと前、縄張りは、1本の樹のまわりに縄を締め、あるいは四方に張った縄の内に柱を立て、葉を挿頭(かざ)し、旗を棚引かせた。縄の内には、個人や家族、共同体の祈りが、あったのだろう。

 一見、縄張りは所有を示す。しかしその根底には、個人の所有物という考えはない。そうではなくて、最上の友人である神が来訪する虚空を定めた。


湖東三山の一つ、金剛輪寺の三重塔(*)

 建築の内部に神が祀(まつ)られていると言い出されるようになったのは、人々がこの習慣に慣れたずっとあと…。つまり、本来、寺や神社に神はいなかった。…いるかのように感じる思念を形にし、形を用いてそれを定めるという考えである。
 間違えてはいけない。社(やしろ)の中にではなく、私たちの大事は、その背後の山全体、水面、木に存するのだ。
 山を崩さぬ約束の中で、形は、自然と人間の通り道をとりもった。






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