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うちの施主のおかしな注文
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プロフィール 実作品 国際設計競技案
京都で「おかしな人やんな」と言われたら、「面白い人ですね」「変わった人ですね」のいずれかを意味する。これは、「施主のおかしな注文」をエネルギー源にして活躍する新進建築家、中村安奈と神野太陽(イースタン建築設計事務所)の住宅設計物語である。
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幽霊の居候ではない!
美しい挨拶

「こわい、こわい、幽霊がいる」
 改修前のこの家を見て、子供たちはそう言いました。


人間関係相関図を地勢図の上にのせた。ちょうど、この町を境に、南は都市開発が進んでいる。この町より北は、まだのんびりしたところがある

 私は、かれらの母です。今回は私がお話ししましょう。私たち家族が住む古い古い家の改修の話を。

 この家は築50年くらい経つそうです。地元で有名だった棟梁が、8年をかけてつくったという日本家屋です。

 滋賀の真野(大津市)、琵琶湖の湖畔、湖岸まで100歩で行ける場所にあります。

 前の住人がまだ住んでいる状態で、初めて、この家を見に入りました。その時のこの家の暗さが忘れられません。着物や、大きな仏壇、螺鈿(らでん)の机、扇子や帯、掛軸などが部屋の隅々までぎっしりと詰まり、光が入らなくなっていました。その贅沢の過剰が、逆に、何もかもからも見放されたように見えました。

 その売却話を、私の兄が不動産屋から聞き、とてもよい場所だからと、私たち夫婦にもちかけてきました。

 そうですね、結果的には私たちが買ったわけです。よくそんな気になったな、そう思うでしょうね。私もそう思う。


この門構えを誇る家の改修が、今回の話である。外観はそのまま残した

 この家に来る前、私たち家族はマンションに住んでいました。そんなに遠い距離を引っ越したわけじゃありません。

 夫は43歳(私はずっと若い)。電気関係の企業に勤めています。
 子供が3人います。長男、小学6年生、長女、3年生、次男、1年生。建築家(イースタン)は、3人を初めて見た時に、美しい挨拶をする子供たちだと思った、と言いました。

 長男が小学1年生になった時に、もっと静かな、もっとのびのびかれらが生きられる場所へ行きたいと思うようになりました。

 場所は抜群でした。家から湖まで100歩。…泳げる浜で、振り返ると比叡山、水の彼方に伊吹山、沖島が浮かびあがり、茫々(ぼうぼう)とした湖と山々が見えます。


欄間は構造上、なにも支えていなかったので、豪華なものではあるが取り払った。天井は高級な檜(ひのき)貼りだった(*)
改修前。前の住人が住んでいる状態で初めてこの家を見た。豪華な工芸品の数々が、家の息吹を殺しているようだった。この部屋がLDKに改修される(*)  

 でもとても悩んだ。繊細なかれらを転校させて、その変化が裏目に出たらどうしよう。とても古い家、かれらが怯(おび)える。暗い生活は嫌だ。

 イースタンのふたりと会った時、思いあまって私は言った。「兄に騙(だま)されているんじゃないかと思うんです」

 さらに、私は言った。…防犯は? 駐車場は? 床暖房は? 排水は? 古いから設備がいい加減では? 水はだいじょうぶ? キッチンは? 子供たちの成長に合わせて部屋はとれる? あの子たちがこわがらない? 寒くない? お風呂やトイレは清潔になる? 耐震はだいじょうぶ? ほんとに、幽霊が出そうよ…。

 予算がないことは頭ではわかっていても不安の嵐、そんなとき、人はひとりきりのような気がする。

 私と兄が口論をしているその前で、イースタンのふたりが言った。…「お断りします」

 え? 私、きょとん、としてしまった。あとでかれらから聞きました。…相性が悪いと思ったそう。

 私が言ったことの必要性を満たし、普通に住めればそれでいい、そう言われていると思ったそうです。

改修後。私(奥さん)と次男。広さや高さが独特な落ち着きをつくる。真中の柱に、とっぱらった欄間の痕が残るが、気にしない(*)

 がらっと変えるんでなかったら、私たちは、あの旧家の幽霊の中に居候(いそうろう)する新参者に過ぎない、突如そういう恐怖にかられた。咄嗟(とっさ)に、言った。「あんな暗い家は子供がかわいそう。夜はトイレに一人で行けない子たちです」

 …うしろの戸から、子供たちが入ってきた。

 かれらを見たイースタンは、考えを変えたのか、渋い顔から表情を変えて、「明るい家にすることはできると思います」と、言いました。感情が高ぶった。夫が次のような内容のことを言いました。

 「…子供たちが元気になってほしい、そう思ってこの家へ引っ越そうと決意した。長いかれらの人生を考えれば、この場所で生きるということのほうが、転校のためにおこる一時の不安より、大事だ。自分は人生の半分、今、それをする時だ」

 注文は、このとき決まったのだ、イースタンはそう言います。

 必要性を満たすことや、その過剰が、生の豊穣さをつくることではない…。
 私たちが引っ越さねばならない、開発された町のマンションからこういう辺鄙(へんぴ)なところへ来なければならない、そうしなければならない強い注文が、私たちの中からおのずから発せられているんだ。

 夫は必要性ではなく、意志を伝えた。注文とは、意志である。思いを語れ…。


次男がもたれかかっているのは作業台。キッチンとテーブルの間の作業台は便利。子供たちもこうして興味を持ってくれる。できたものもここへ置くとみんなが自然に手伝う。私(奥さん)は、当初はシンクをこの作業台に配置したいと希望していたが、イースタンが台だけがよいと言うのでこの形にした。今ではとても気に入っている(*)






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