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うちの施主のおかしな注文
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京都で「おかしな人やんな」と言われたら、「面白い人ですね」「変わった人ですね」のいずれかを意味する。これは、「施主のおかしな注文」をエネルギー源にして活躍する新進建築家、中村安奈と神野太陽(イースタン建築設計事務所)の住宅設計物語である。
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祭りと建築
水平の家と村祭り

 祭りと建築は関係があった! そういう話をする。

 現代の悩み多き社会に屈せず、古い知識を守り、妥協せずに“祭り”をつづけている人間の源に、一体、どんな喜びがあるのだろう?

  この話は、家と祭りという次元が、決して古びたものではなく、今の私たちにも親しみ深いことを示したい。


「水平の家」を西の山から見る。V形がひらいている方が南、庭のなかを「つきあい道」が通る。祭りはそこで行われる。祭りは、つきあい道から神社へ向かう

 滋賀県の山村で、私たちがつくった建築「水平の家」が、祭りの中心になった。この村では、毎年、村の“区長”が選ばれる。今年、うちの施主が、区長(代表)を勤めた。その祭りは、雨乞いの舞踊をして、神を招き寄せる。その踊りと行列が、区長の家から始まるのである。

 私たちは、この村祭りを、去年も見に行った。そのときは、他の家が区長であった。水平の家は、今年初めて区長の家になったのだ。

 祭りって、一体なにをしているの? そこに要求されている本体はなに?  また、なぜそれを切望するの? 今も、私たちに関係するの? そういう源に少しでも触れてみたい。


去年の祭り、昨年の区長の家での舞踊。太鼓持ちふたり、棒振りふたりが中心で踊る(*) 今年の祭り、水平の家での舞踊。側(がわ)の人の歌に合わせて踊る。棒振りは鬼である。草鞋(わらじ)を履いた鬼が土地を踏み踊る。大地の悪霊を圧伏させる

 「水平の家」の設計のとき、施主から注文があった。「村の人たちが一堂に入れるところがいるんだよ。祭りと人寄りのための間だ」。
 10帖と8帖の日本間がそれである。この家を上から見てみよう。V形になっている短いウイングがそれである。長いウイングで、家族が日常を過ごす。

 この家は、祭りの空間が形をつくっている。日常と祭りという2つの場所を、形がつないでいる。

  形は庭にひらいて、その庭を、「つきあい道」が通る。そこで、祭りを行う。普段、つきあい道は、村の住人が自由に通る。


村の川辺の桜越しに、水平の家を見る。この家は村の高台にあるのだ。全長115メートルのスリットが建築全周を切り、村全体を見渡せる 祭りの朝。舞踊が始まる直前。区長の家「水平の家」の日本間に、長老たちが集まる。奥に水平スリットがある

 家は、家族のためのものである、そういう単純な概念だけではくくれない。
 「家とは、人と死と祭りと神の通り道である」。

 大袈裟に言っているのではない。人、死、祭り、神という4つの言葉は、この家のなかでは分割できない。
 人と死とは、その生に死の考えがつきまとうこと、そのために人がもの思いをする姿であり、死が終わりでないとぼんやり信じている姿であり、祭りとは、そういう死生を託す場所を慕って、 追いかけても捕らえがたいものを追う人の姿であり、神とは、その呼び声に応じてくれる自然の姿のこと。

 それら4つの姿を素直に感じる心が残っているというような、うぶな人間の姿を、家が、邪魔しないこと。それがこの家に求められたことである。
 それら4つの姿が、家と村の関係のなかで通りがよく成り立っている、そう感じとるために、一軒の家という考えを超越した、祭りというものをよく知るのがよい。


区長の家の庭で30分ほど踊った直後。これから行列を組んで神社(お宮)へ向かう 水平の家を出るところ。この家には門扉はない。今日は祭りの行列がこの「つきあい道」を使う。祭りでない普段の日も、村の人が自由にここを行き来する

 この雨乞い踊りの始まりはたいへん古い。伝えられているのは、明治40年に祭りをいったんやめたこと。しかし5年後、明治45年に、この甲賀一帯が大旱魃(かんばつ)に襲われたということ。

 そのとき、各村落が、めいめいの信仰する山の頂で、篝火(かがりび)を一斉にたいたという。京都の五山の送り火でもできるのだから、可能だ。この村では雨乞い踊りを復活し、3日目に慈雨が降った。


この村には“目附け”(第6回「この場所で僕は死のう」参照)がある。そこに立って、村を望む場所のことである。目附けから神社の森と幟(のぼり)を望む(*)


 明治45年とは、どんな時代だろう。柳田國男の「遠野物語」が明治43年に書かれている。谷川健一は、それが、日本中から狼が姿を消した時期(明治30年ごろ)と重なっている、と著書「神・人間・動物」のなかで指摘している。そこでは、神と人と精霊の関わりは、単に観念的なものではない、生々しい姿である、と言っている。

 その時代から、この村は祭りをつづけているわけである。
 …これは、夢であろうか?

 私たちは、この村の家で、実際に、祭りの空間をつくって、その夢を楽しんでいる。





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