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うちの施主のおかしな注文
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プロフィール 実作品 国際設計競技案
京都で「おかしな人やんな」と言われたら、「面白い人ですね」「変わった人ですね」のいずれかを意味する。これは、「施主のおかしな注文」をエネルギー源にして活躍する新進建築家、中村安奈と神野太陽(イースタン建築設計事務所)の住宅設計物語である。
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ハダカの王様の家
裸の王様のセンス

兵庫県宝塚市、中山(なかやま)の斜面地に立つ。上階は施主が主宰するスニーカー・ブランドのデザイン・ルーム。下階が住居である。この写真は高所作業車から撮っている。通常の人間の視線ではこうは見えない。下階の住居は、道路からは見えないように構成されているからだ。地形、そして地形と連続した曲線的造形のなかを、直線的な庇(ひさし)が鋭く走る。地形の迫力に負けぬように、庇は力強く出す。薄いの、ぶ厚いの、短いの、長いの、えぐったもの

 この施主は、10年前に、自分でスニーカー・ブランドをつくった。この建築は、そのためのデザイン・ルームと、住居である。

 「裸の王様だと言われているよ」と、この施主は笑った。
 …娘たちから言われたそうだ。(そんなに人の話を聞かないなんてかわいそう)
 「独裁者だとも言われるよ」。かれの会社のスタッフから言われるのだと。
 「いいじゃないですか」と私たち。自分でそう言える人は、裸の王様ではない。

建築の構成をわかりやすく示す。土地を平らにして建築をつくるのではなく、斜面をもっと強調する。2つの山をつくる。その起伏の間に住居がある。“赤い部分”がデザイン・ルームである。人工と地形が、どちらも主張し、どちらも譲り合う

 かつてかれは有名なスニーカー・ショップ会社の社長だった。ハワイを含めて70を超える店舗をつくった。かれは言う。「そんなのは量の問題だった」。世界中のブランドのスニーカーを売った。「だが、会社が大きくなるということに魅力を感じなくなった」。(かれはまだ自分でスニーカーをつくっていたのではなかった)

 10年前、それらのショップを人に譲り、自分のスニーカー・ブランドをつくった。2年前、デザイン・ルームをつくるというので、イースタンに声がかかった。

 さて、注文は?

 「あなたたち(イースタン)の建築はいいよ、確かに。でも、ぼくの方が、もっといいものができる。ぼくの言うことを聞いたらもっといいものができる」

 と、傲慢(ごうまん)に言われた。

 言ってみれば、裸の王様のセンスを見せてやるような建築をつくれ! ということだった。というのも、この施主はそれまで、おしゃれとは無縁、と言われ続けてきていて、それがずっと悔しかった。
 そうだ。裸の王様だけどそうじゃない。裸の王様と言われることは嫌じゃない。でも、形にしたらこうなんだ、そこにセンスが欲しい。おれのセンス、ぼくのセンス、わたしのセンス。自分の思想が、精神が、生き方が、美が。

 そうだ。建築は、一つ一つの夢が違うということを定める。そこが建築の領地だ。一つ一つの物語には、深く考えてゆくと、かれという木、彼女という木にしかない“枝ぶり”の、夏の葉の熱狂や、寒々した景色の中で立つ木の独立した思考というものが在る。
 自己を支えているもの。それは、施主の注文の仕方や、打ち合わせでのものの言い方、選んだ場所への思いの中に隠されている。かれらが探し求めている意味を思いながら鉛筆を動かす。形をつくると、その全体が理解できる。

 他にはないその人だけの意味を探るときに、形が出てくる。そういう形が、私たちは好きだ。

 娘たちの愛が言わせた“裸の王様”という言葉から、かれは新たな意味を見たのだ、と私たちは思う。

 こうだ。
 …人はみんな着飾る。鎧(よろい)で動けない。本来の姿と違うものへ自分を追い込んでしまう。そして動けなくなってしまう。ぼくは裸の王様でいい。現代と反対の姿、ハ・ダ・カで、死んでいく。
 他者に触れさせない肌で感じる。半ばどきどきしながら、自分がやってみたいなにかを感じる。そのなにかを思い出そうとした、この施主を、“ハダカ王”と名付けよう。

デザイン・ルームから夜の都市を手に入れる。神戸方向を見渡す。奥へ長いL字のプランが、光の先端へ見る者を誘うように、奥へ曲がっている

 会社のスタッフたちは、ハダカ王を“スニーカー・ショップ王”として認めていた。しかし、新しいブランドのことは、新しい会社というぐらいにしか考えていなかった、と私たちは思う。ハダカ王が、自分の好きにやりたい豪胆さの代物だとか、時代の変化を読みとった慎重さのせいだとか、思っていた。
 だが、ハダカ王は、私たちに言った。「ここへ、海外の要人を招待するのだ」。
 だれも、本気だなんて、思っていなかった。まさか、本気で、ハダカ王が、かれのブランドを、自分でつくるスニーカーを、世界へ向けて売るのだ、と、不敵にも、考えているとは。

これは建築の北面。この建築は、土地の斜面を巧妙に利用している。写真のように上の道路から見ると、平屋だ。住居は隠されている

 ハダカ王は、故郷を出て生きている。出身は高知県。
 この建築について話すことは、かれがブランドをつくった理由を話すことであろう。街の隅々を歩く大きな靴底の残した足跡を話すことだ。地についた決断が身についたかれの確信や反抗の出どころを話すことだ。ブランドをつくるまでの冒険を話すことだ。
 そして、そのあとに、建築の話に戻る。そうすれば…、建築の姿と、ハダカ王の人間像とが、一致して、真に迫ってくる。

地形から現れる洞窟の光。もしくは霧の中から現れる龍。直線〈人工的〉と曲線〈地形的〉の関係が美しい



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