TOPLiving Styleうちの施主のおかしな注文

うちの施主のおかしな注文
コラムトップ BackNumber
プロフィール 実作品 国際設計競技案
京都で「おかしな人やんな」と言われたら、「面白い人ですね」「変わった人ですね」のいずれかを意味する。これは、「施主のおかしな注文」をエネルギー源にして活躍する新進建築家、中村安奈と神野太陽(イースタン建築設計事務所)の住宅設計物語である。
1 2 3
その家の設計は窓辺に座る女の姿から始まる
逆光の女性

 今回は、人の姿と、建築の形について書く。

 今、設計している建築の施主は、女性だ。

 打ち合わせの途中、ひとつの部屋の話になった。窓とベッドの位置の打ち合わせをしていた。窓の高さの話になった。
 私は説明した。窓の下枠の高さについて彼女が聞いたからだった。…窓辺で本を読んだり、手紙を書いたりする人もいます。窓の桟(さん)を、小さな机のようにすることもありえます…。

今回の話のきっかけとも言える1枚の絵。ある女性の施主が、窓辺に腰かけている。世界中を旅してきた彼女は、窓辺に体を休める

 「私は窓辺に腰かけたい」
 彼女はそう言って立ち上がると、窓辺へ近づく。「こんな風に」と、腰かけるさまを真似て見せた。それは、現在の彼女の家で、ちょうど50センチくらいの窓の下枠だった。ほんとうは座れるような窓の下枠などはなかったが、自分の理想の姿を真似て見せた。その姿がとてもさまになっていた。

 上から下まで真っ白な服を着ていて、ルームシューズだけが黒だった。ショールを両手でつまんで体の真ん中へ引き寄せていた。窓に対して少し斜めのポーズ。彼女の背後から、春の午後の日がさした。

 人には、その人に似合う姿がある。その在り方が決意的であればあるほど、建築は独自のものになる。決意的、というのは、あれもいいかな…、これもいいかな…、が、“ない”ことである。

 この施主との打ち合わせの中で、建築の“形”の在り方が、人の“姿”と関係しているのだということを、改めて実感したのである。

 というわけで、今回は、人の姿と建築の形がテーマである。

 “姿”は、自己の本性に奥深く根ざすなにものかにしたがう。
 “姿”は、“形”に対して、その容姿や人柄や息づかい、喜びや嘆きを含めた言葉だ。(形は、鋳型などによってつくられたもので、人について使う言葉ではない)

 “姿”が、印象が深いとき、そのあらわれが、建築の“形”にもあらわれる。しかし、その姿とは、日常的な次元ばかりとは限らず、もっと深い意味を含む。
 昔、ギリシャの神殿では、柱ではなく、柱と柱の間の、なにも無いところに、神の住む姿を見たように…、また、東洋では、うつろな室(へや)の、空虚な中に、澄みきった光がさす、そのひっそりとした境地に人の世の幸福を見たように…、見えないものを見ようと“欲する”ことが、建築を生む特質である。

 現実的には、「窓の桟に腰かける」というような、一つの行為が、一般的な意味を超えた、より象徴的なものと考えられるとき、そこに、独自の形が生まれる。形と姿には、そのような関係がある。



next
おすすめ情報(PR)