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うちの施主のおかしな注文
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プロフィール 実作品 国際設計競技案
京都で「おかしな人やんな」と言われたら、「面白い人ですね」「変わった人ですね」のいずれかを意味する。これは、「施主のおかしな注文」をエネルギー源にして活躍する新進建築家、中村安奈と神野太陽(イースタン建築設計事務所)の住宅設計物語である。
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建築をファンタジーで考える
ふたりの女性のふたつのファンタジー

 家は、現実の姿とファンタジーの姿と、2つある。
 ファンタジーというのは、施主という全く具体的に生きている人間が持っている幻想である。かれらが欲している思考である。生に息づいているものである。

 今回のコラムは、これまでのコラムと少し違う“眼”で見ないといけない。これまで書いてきたコラムは、現実の姿を生々しく書いてきた。ここでは、ファンタジーを生々しく書いている。

 たとえば最初に出てくる「紋所の家」の女性は、彼女の日常の“あるとき”をこう言った。

 「この家にひたひたと夜がやって来るみたいなんです」

 これは“実際”ではないが、そう思っている感性が素晴らしい。思えば、そのために、神話やファンタジーや寓話というものができた。森を見て、森の精がいると見て、夕日に畏(おそ)れを見て、異次元を無意識的に見る。“見たい”と思っている。

 施主たちの中でなにかが起こっている。
 1、建築に波が入って来る。「紋所の家」
 2、建築の奥に、遠い地平に落ちていく星の光がある。「スリットの家」
 3、建築からごうごうと鳴る海の波濤(はとう)を見る。「水平の家」
 4、建築が木の国となる。「西八條邸彩丹」
 5、建築が夢の山々の上にのっている。「a.c.iデザインルーム」
 6、建築の中に動物たちが入って来る。「東陽オアシス能登川」



 紋所の家

――その家は、京都五条にある。狭い町中で、床を上空3メートルへ持ちあげた平屋である。プランの中心に居間がある。居間の両側に2つの庭がある。町から内部は見えない。

これは「紋所の家」のファンタジー。家の中にいると、波がひたひた入ってくる。この“絵”は、実際の建築写真に波を描き、月と夜空を合成している

 施主(奥さん)「夜、一人で焼酎を飲むのが素敵なんです。窓を開けたまま」
 私「外から見えませんしね、カーテンもいらない。何時くらいから飲むんですか?」
 施主「10時過ぎくらい、一日の仕事を、片付けも全部して、ここに…」
 彼女はテーブルの一つの席を指して、
 「ここに。しずかーに焼酎を飲むんです」

 すると、居間の両側の開口から、夜が、ひたひたと木床を伝って入って来るようだった。床が3メートル上空にあるからだろうか、丸い船舶用の窓が闇の奥に浮いていた。

 彼女は幻想する。――ひたひたと“波”が入って来る家を。ほろ酔いの人影が酒の残りを飲みほすと、床の上から波の上へと、どこまでも浮世を遡(さかのぼ)って歩いていく。あれは“わたし”だろうか、あれは“わたし”だろうか、と思いながら。



 スリットの家

――その家は、全長50メートル。その長さが、2つの道をつないでいる。施主が、子どもの頃に遊んだ川べりの路と、かれの父上が下駄屋をやっていた遠い日の街道とを。

「スリットの家」のファンタジー。長い長い家は不思議な通路。この家に住む母の祈りの通り道。建築は現実とファンタジーが出会う場所である。この絵は、実際の建築写真と宇宙を合成している

 施主「おふくろのために家をつくりたい」
 この家の注文をうけたとき、施主は言った。
 私「ここに、一緒にお住まいになるんですか?」
 かれはそれには答えずに、
 「姉や妹が帰って来る。みんなが泊れる。そのための家が欲しい。いつか、ぼくもここへ帰るのだ」

 家は長い壁の全周に細いスリットが切ってある。その中にいくつもの部屋が並んでいる。
 この家は母の家であり、その光は、母と息子をつなぐもの、母と父をつなぐもの、父と息子をつなぐもの、施主と家族と、長い長い時間を持つ家とをつなぐもの、祖先と子どもたちをつなぐ。

 完成して何年か過ぎた日に、改めて写真撮影をした。施主は不在だった。私と写真家と母上だけだった。撮影が遅くなった。夜になった。ずいぶん迷惑をかけているな、と思ったが、写真家は撮影をやめるわけにはいかなかった。美しい夜だったから。

 撮影が終わった。「終わりました」と、母上へ告げるために私は居間の障子戸を引いた。私が入ったことを、母上は気づかなかった。後ろ姿、仏壇に祈りをあげていらっしゃった。後ろ姿を覚えている。声をかけずに待った。じき終わるだろうと思ったから。
 …
 長い時間がたった。永遠につづくんじゃないかと思った。彼女は、家族一人一人の名をあげて祈った。祈りは具体的で、いつぞやわたしはどこどこへ行って、こうした。そのときだれだれと一緒だった。だれだれは今どこどこに住んでいて、こういう姿でこういう生き方をして健康でいてくれとか、あれは今こうしているはずだが、帰ってくるように言ってくれ。

 祈りを開口させる場所が、家の中にあるべきだと思ったのは、その時だ。私のおばあちゃんも、私の母も、これから出会うだれもがしている行為の一つだとしたら、その人にとって祈るのが大事だとわかったら、私たちはそれを形にするだろう。

 彼女は幻想していた。――わたしがこうして毎日祈るのだから開口を開けよ。祈りを通せ。時とところを超えた山々や岸辺や美しい町へ伝えよ。そこにはわたしが覚えている人が全部いる。


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